私が政治に関わろうと思った原点①

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私が政治に関わろうと思った原点①

もし子どものころの自分が「将来は政策委員をしている」なんて聞いたら、
きっと信じなかっただろう、と思います。
数学は理科は大好き、でも社会はちょっと…という学生でした。

今日は、そんな私が政治に関わろうと思った原点についてお話ししたいと思います。

書いているうちに長くなってしまいましたため、
2つの記事に分けています。


宇宙の研究をしていた学生時代

私はもともと、宇宙の謎を解く研究者になることが夢でした。
小学生の頃から、「人はなぜ生まれて、どこへ向かうのか」。そんな問いに興味がありました。

大学では地球惑星科学を学び、系外惑星の観測研究をしていました。

宇宙の中で、地球のような惑星がどれほど存在するのか。
それを調べることで、私たちが住むこの地球がどれほど奇跡的な存在なのか、その立ち位置が見えてきます。

つまり、人間という存在が宇宙の中でどのような位置にあるのかを考える研究でもありました。


子どもたちとの時間がくれた衝撃

しかし大学生の頃、ある出来事が私の進路を大きく変えることになります。

それは、自分が通っていた幼稚園(青空幼児村)の卒村生の子どもたちが集まる合宿でボランティアをしたことでした。

子どもたちと一緒に過ごす、何気ない日常。
特別なことが起きているわけではありません。

ただ一緒に遊び、笑い、話をする。

けれどその時間に、私は自分の心にこれまで感じたことのない満たされた感覚があることに気づきました。

「この満たされた感覚は何だろう」

それは、私にとってとても大きな驚きでした。

宇宙の謎を追いかけていた自分が、
ただただ子どもたちと過ごす時間の中で、こんなにも深い充足感を感じている。

私はその体験に、少し衝撃を受けました。

そして思いました。

宇宙の謎は、私が生きている間には完全には解き明かされないだろう。
でも、人類は命をつなぎ、次の世代を育てながらここまで生きてきた。
そうであるならば、
次の世代を育てることこそ、人間にとって最も本質的な営みなのではないか。

そう思い、私は教育の世界に進むことを決めました。


教育の現場で感じた違和感

私が働いていた学習塾の理念は

「飯が食える大人、魅力的な人を育てる」

というものでした。

そして、そのために一番大切なのは
一番身近にいる大人の笑顔だと教えられました。

さらに、本物の思考力は自然の中で遊ぶ中で育つ、とも教えられました。

私自身も、完全野外型の幼稚園や、祖父と過ごす乳幼児期において、
原風景には山や川、広がる田んぼの景色があったことから、
その理念には強く共感して働いていました。

しかし教育の現場で働く中で、ある現実にも気づきました。

それは、社会全体では、
長期的な幸せよりも、目に見える成果が重視されているということです。

偏差値、点数、合格実績。

小学校低学年からテストの点数で競争させられ、席順やクラス分けも成績で決まる。

その中で、クラスメイトは友達ではなく、競争相手として見られるようになっていきます。

この教育の仕組みを変えるには、
民間の塾だけでは限界がある。

公教育の仕組みそのものを変える必要がある。

そう思うようになりました。

…まだ続きがあるのですが、長くなりそうですので、
ここまでで一区切りとし、次の記事に繋げさせていただきます。

お読みくださり、どうもありがとうございます!

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